開放経済のマクロ経済学基礎(1) 貿易黒字の正体

貯蓄は経済成長の源泉である。
何故なら貯蓄が投資支出に回されることで国内の総生産GDPが上昇するからである。
国全体が貧しくて国民に貯蓄の余裕が少ない国ではいつまで経っても大した投資が行われず、国が発展しない。
国が発展しないから貯蓄も増えず、投資ができないので国が発展しない。そういう負の連鎖が発生する。


歴史を振り返れば現在の経済大国が発展を始める時には、何らかの形での資本の増加「ビッグプッシュ」が存在した。
アメリカでは1840年代のゴールドラッシュとそれに続く鉄道建設ブーム。
日本では1890年代の日清戦争の賠償金による社会資本の充実があった。


今日の日本の発展の基礎が中国から戦争で奪い取った財産で築かれたというのは歴史的に大変おもしろい。
しかしこの事実は「日本人の(平和的な)努力だけで近代化できた」と信じたい日本人にとっても、「日本の発展に中国が貢献した」と信じたくない中国人にとっても不愉快な話であろう。
(もちろん与えられた資本を有効活用した過去の人々の努力と能力は絶賛に値する。だが元手がなければどれだけ努力しても徒労に終わったことであろう。
また賠償金を得た戦勝も日本人の努力の一環と考えるならば、日本人の努力だけで近代化できたと言えなくもない。世知辛い話ではあるが。)


閑話休題
このように国の発展と貯蓄は密接に結びついている。
ではより具体的に一国の貯蓄の数字はどのように決まるのだろうか。
話はいきなり開放経済モデル(外国との貿易を考慮したモデル)から始める。
以下は国内総生産恒等式である。


国内総生産GDP = 消費C - 外国への消費C_f + 投資I - 外国への投資I_f + 政府支出G - 外国への政府支出G_f + 輸出EX  (1)


EXは輸出で、つまり外国が自国の生産物に支払った財である。
また外国の生産物に対して使用された財は国内総生産に含まないので差し引いている。そしてこれが輸入に等しくなる。


輸入IM = C_f + I_f + G_f  (2)


そして ここで貯蓄の定義をしよう。国民貯蓄とは国内総生産から消費や政府支出を除いて残った資本である。


国民貯蓄NS = GDP- C - G  (3)


これと(2)式を(1)式に代入すれば投資と貯蓄と貿易の関係が求まる。


I = ( GDP - C - G ) + ( IM - EX ) = NS + ( IM - EX )  (4)


上の式で、もし貿易がなければ貯蓄はそのまま投資支出に等しい。
その場合 投資が沢山必要とされても、それに比べて貯蓄が不足していれば その分の投資は諦めるしかない。
だから貯蓄率の低い貧しい国はいつまでも貧しくないといけない。
だが貿易があれば、その不足分は外国から借りることができる。
それが上式の2項目の (IM - EX )である。そしてこれは貿易赤字そのものである。
これにより貧しい国にも貿易を通じて発展する可能性が生まれる。現に貿易を通して豊かになった発展途上国はいくらでもある。
一方で独裁政権の誕生や内乱が発生して貿易ができなくなった国は極度の貧困に直面している。
(だからグローバル経済とは貧しい国を豊かにする数少ない手段の一つなのである。欧米や中国の政府や企業の搾取や横暴を批判する人でも、経済学の知識がある人は原則的に貿易そのものの重要性は否定しない。彼らは公正な貿易を主張する。そして貿易で得た富を独占する腐敗した政府とそれに癒着する人びとを批難する。)
次にこの式を少し変形して貿易黒字について考えてみよう。


EX - IM = ( GDP - C - G ) - I = NS - I  (4)’


つまり貿易による利益は国民貯蓄から国内投資を引いた差額に等しくなる。
ではこの数式は具体的にどのような現象となって現実に実現されるのだろうか?



その話に入る前に、少し寄り道をしたい。
一国の貿易での利益が単純に貯蓄と投資の差額で決まると聞くと、たいていの人は納得してくれない。
企業や人々の努力や熱意、創造が魅力的な商品を生み、それが外国人の心も掴み、巨額の貿易黒字を挙げる。
日本の誇る大企業、松下やソニーもそうやって発展した。
それを単に努力とも創造とも無関係な貯蓄と投資の差額で説明できるのか?多くの人はそう思うようだ。


だが、この誤解は企業の利益と国の経常収支を比例関係にあると考えるから起こる間違いである。
そして物が売れるということは物を買う人がいて初めて成立する話であるということも忘れてはいけない重要なことだ。
企業が最大限に努力し、創造性を発揮して魅力的な商品を作ればその企業は売上げを伸ばす。黒字になるだろう。
しかし一方で外国が購入できる量には限りがある。外国はその企業の魅力的な商品を買った分だけ他の商品を買うのを控える。
結果的に他の企業の利益が減ることで、一国の貿易による収支はプラスマイナスゼロで変わらない。
だから努力と創造は個人や企業を益するが、国の貿易黒字には貢献しない。
(また国民の努力と創造は国の将来の成長率を引き上げる。しかしそれも貿易黒字とは関係ないのである)



閑話休題
では現実の貿易黒字(赤字)がどのように発生するかを見てみよう。
貿易とは財と貨幣の流入と流失を意味する。
つまり世界には買いたいのにお金が足りない人と、買いたい物がなくお金が余っている人がいる。
それが貿易が必要とされる原因だ。お金の足りない人が余っている人から借りて物を買うための仕組みが貿易なのだから。


つまり投資を上回った貯蓄は外国人に貸し出される。一方で貯蓄が投資より少ない国は不足分を外国から借りないといけない。
たとえば上の貸し借りは、貯蓄の余った国が足りない国の発行する債務を購入することで実現される。
そんなに都合よく債務の売買が成立するのは何故だろうか。その仕組みは簡単だ。
貯蓄の余っている国は金利が低く、逆に足りない国は金利が高くなっているので、人びとが目先の利益を追いかけると自動的に債務の売買が成立するようになっている。
こうして新たに資本を得た国は その資本で外国から財やサービスを購入し、資本を貸し付けた国に貿易黒字が発生する。
(ちなみに このとき資本を貸し付けた国の通貨は安くなっているので、輸出が増えやすくなっている。)


それならば日本が魅力的な商品をどんどん作れば、外国が金を借りまくってその製品を購入して貿易黒字が増えるのではないか?
そう思う人もいるかもしれない。
だが日本の製品を買うには日本円を用意しないといけない。買い手が外国通貨を円に替えたり、売り手が外国貨幣で受け取り決済時に日本円に両替する。
(たとえば某大企業は円高になってからドルで受け取った商品代を両替しないで保有している。だがこの企業も決済時にはそれらを円にしないといけない)
いずれにせよ日本が売る物は最終的に日本円と交換される。
だから外国が日本の物を買うためには日本円が必要になるのだが、日本円は無限に存在するわけではない。
存在する円とは日本国内で投資に使い切れなかった円であり、それはまさに「貯蓄マイナス投資」そのものである。


だから大人気の日本製品があれば、諸外国はまずこぞって円を手に入れようと競争する。
「俺は100円あたり1ドルで購入するぞ!」
「それなら俺は100円を2ドルで買う!」
そうやって手に入れた円で外国はその大人気の日本製品を購入する。
その結果円高が進行していくが、1ドルで売れようと2ドルで売れようと100円は100円だ。
外国が手に入れられる円とは「貯蓄マイナス投資」であり、日本の貿易黒字はそれ以上に増えたりしないのである。


(参考)
無意味な国際競争力論議 - 紙の家の記録