中国人の不安が生み落とした貿易黒字

前回の記事で、私は中国経済の特徴について「投資も貯蓄も大きい」と述べた。
そしてGDPの40%に等しい貯蓄率の高さが、中国の貿易黒字の原因であるとした。


今回はこの貯蓄率の高さの原因について解説した文章を、白井早由里氏の「人民元中国経済」(P120)から引用したい。

高い貯蓄率が中国で今後も持続していくと考えられる要因は、四点指摘できる。


第一にWTO加盟により企業改革や競争の激化が予想される。
このため失業者が今後も増えていくことが予想され、将来不安が高まっている。このため消費を控えて貯蓄に回す動きが強まっている。


第二に中国では所得格差が大きく、農村部の所得は低迷しているため、消費需要は沿海部の富裕層を除けば低迷している。
こうした状況が家計の貯蓄行動を促していると考えられる。


貿易黒字を中国の強さの象徴と考えている人もいるようだが、実際は巨額の貿易黒字は中国人の不安が生み出している。それはむしろ中国の弱さの象徴でさえある。

中国は10億人市場と表現されることもあるが、消費できているのは一部の沿岸の都市部の人ばかりで、経済成長の恩恵をほとんど受けていない内陸部の人は失業と貧困、地方役人の腐敗政治の中で強烈なストレスにさらされている。

福祉が不十分な中国では、失業や病気になった時に頼りになるのは自分の貯金だけだから可能な限り溜め込んでおきたくなるというものだ。

第三に、貯蓄の多くは、他の金融資産が乏しいなかで、預金に回っているのが現状である。
普通預金金利は引き下げられているが)インフレを考慮した実質金利の動向をみても、金利の動きにほとんど左右されずに預金残高は増加し続けている。
したがって貯蓄率を決定しているのは金利以外の要因ということになり、中国を取り巻く構造的変化に一段落がつくまでは、貯蓄率の動向にも大きな変化がないと考えられる。


つまり貯蓄をコントロールするはずの金利が無効になっているから、貯蓄率は意図的に変えようがないということである。

第四に預金残高の35%が企業預金である。企業預金が大きい理由のひとつに、新規企業、とくに私営企業や個人経営業などの民間企業は銀行融資を受けるのが難しいことが指摘できる。
中国の銀行部門は四大国有商業銀行による寡占状態にあるため、主として国有企業、最近では個人の住宅投資に優先的に貸し出されている。


日本でも信用のない零細企業が銀行から資金を借りにくいという話を聞くが、中国の金融・資本市場はその比ではないようだ。
四大国有商業銀行の抱える不良債権比率は30%を越えるとされている。日本の悪徳高利貸しでさえそんな不良債権を抱えれば破産してしまうのに、それが金利の安い銀行の話なのだから驚くばかりである。
民間企業への貸し出しには最大限 慎重になるのも道理である。


地方が経済発展から取り残されていること。
地方の行政と福祉サービスが貧弱であること。
地方の金融市場が機能していないこと。
地方の個人への融資が非常にされにくいこと。
それらへの不安や備えとして地方の人は貯蓄に頼らざるをえない。


このように高い貯蓄率の背景には中国内陸部が抱える経済構造の問題があることが分かった。
しかし、今その「地方」で熱心に投資が行われているという話を頻繁に聞く。
それを反映してだろうか、最近になって中国の貿易黒字にも減少傾向が見られる。
次回はそんな最近の動向について、ネットや雑誌で拾った記事を紹介したい。


人民元と中国経済

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