必要投資率から見た人民元の適正為替レート

経済発展をしている国は通常、貿易赤字になるとされている。
その理由は貿易黒字が「国内貯蓄 マイナス 国内投資」であるからだ。


経済発展している国は盛んに設備投資や人材育成を行うので、国内投資が増える。
すると当然貿易黒字は減り、ついには貿易赤字に転ずる。


だから中国のように急激な速度で経済発展し、投資が盛んに行われている国は貿易赤字になるはずだ。
それなのに中国が巨額の貿易黒字を出しているのは、中国がズルをしているからにちがいない。
ズルとはつまり人民元をドルに対して不当に安く設定していることである。
だから人民元は速やかに切り上げられるべきだ。
……というのがアメリカ政府の主張である。


しかしマクロ経済学的にバランスの取れた適正為替レートを計算すると、人民元はあまり過小評価されていないという結論が出る。
その根拠は、中国経済の大きな特徴の一つである「投資も貯蓄も共に莫大である」という点に求められる。


さて、マクロ経済的な適正為替レートはだいたい次のようにして求める。
まず国の潜在的な成長率を実現させるために必要な投資率を推計する。
それが国内の貯蓄率を大きく上回っていれば資金不足となるので、為替レートを調整して人民元を切り上げて貯蓄不足を貿易赤字で埋め合わせないといけない。
(註:貿易赤字とは外国から自国への投資と同意義)
逆に国内貯蓄が必要投資を上回っていれば資金過剰なので、過剰な貯蓄を海外への投資に回す。だから貿易黒字を維持するように、為替レートを人民元安にしておくのが適正レートになる。


そして中国の妥当な成長率として年8〜10%のGDP成長率を想定すれば、それを満たす為に必要な投資率はGDPの30%〜35%になる。
一方で中国の貯蓄率はGDPの40%もある。
つまり貯蓄率が必要投資率を上回っているので、マクロ経済的には中国が貿易黒字を出す為替レートが最適になる。
だから中国には為替レートを調整する動機がなく、特に人民元は過小評価もされていないという結論になる
よって「発展途上国貿易赤字を出して然るべきだ」という理由で人民元の切り上げを求めることはできない。


そこにあるのはズルとか不当を許さないという正義をめぐる話ではなく、いつもの大国同士の駆け引きだ。
アメリカは自国の産業を守る為に人民元切り上げを要求し、中国は自国の成長率を守る為にそれを拒否する。
私はそのどちらにも味方する筋合いはないわけである。


投資と貯蓄が共に高いことがもたらす困難についての考察は後日に回し、次回はこの国内貯蓄率の高さの原因について考えてみたい。